神戸いずみの会 公式ブログ

「神戸いずみの会」は、1982年から続く患者会です。

2011年9月例会


9月27日は、素晴らしくさわやかな秋晴れとなりました。新しい方を二名お迎えしました。

・ (Aさん 男性 新規)はじめまして。私の病歴は、97年からで、その時、妻だけが「悪性リンパ腫のステージ4で、5年生存率20パーセント」だと聞いていたのです。半年、入院治療しました。その後2004年と2006年に、2度脳梗塞、翌年に、リンパ腫が再発して抗がん剤治療、さらに肺がんが分かり、2008年に、内視鏡検査と、肺の水を抜き、放射線治療を受けました。抗がん剤の副作用で心臓が機能低下していると言われ、治療しています。現在経過観察中で、先月のペット検査では異常ありませんでした。今は元気で、車の運転もできますし、健康のため毎日1時間余り、朝、昼、夕方と365日歩いて、3年以上になりました。
・ (Bさん 女性)はじめまして。主人のことで来ました。ここは、娘がネットで調べてくれました。腰痛で調べた結果、骨にがんが転移していますと。検査して、前立腺がんであることが分かりました。手術できない状態で、今年2月から、ホルモンによる治療が始まりました。とても効果があって、痛みもなくなったのですが、また先月くらいからマーカー値が上がりだし、一部治療をやめたところ、痛みが再発しました。今は痛み止めの頓服を飲んでいます。やはり痛みがあると、精神的にも落ち込むようで、娘が心配しています。今は、玄米菜食など、食事療法をしています。
・ (Cさん 男性)お久しぶりです。前回来たのは、1年以上前だと思います。ぼくの妻がS状結腸がんになり、家族としてここに来ていたのですが、その妻が亡くなって今年で4年目になります。僕自身は、昨年の10月から今年の7月まで、中南米を旅行していました。旅を続けるうちに、だんだん食欲も出て、日本にいるときよりも体調がよいくらいで、「案外自分って元気なんだ」と感じました。義母の介護のため、早めに帰国しました。→(Eさん他)Cさんは、絵描きさんだから。いい作品ができたでしょうね。楽しみです。
・ (Dさん 女性)私も少しご無沙汰していました。Cさんと似ていて、私は夫を、直腸がんで4年前に見送りました。その翌年に、実家の父親が亡くなり、母が一人になったので、神戸の家はそのままにして、私が姫路の実家に同居しています。
・ (Eさん 女性)私も、97年に、大腸がんから、リンパ腫になり、3回治って、3回再発しました。今回骨髄まで詳しく調べてもらい、もう完全に大丈夫だと言っていただきました。この11年という間、長生きしたいとは、一切思わなかったのですが、明日はもう少し楽になるだろうと思いながらの、一日一日の積み重ねだったように思います。自分自身への快復祝いに、以前から気になっていた、インターネットを始めました。まだ上手に操ることはできませんが、すばらしいインターネットの世界に、毎日没頭しています。治療できたのは、新薬のおかげです。私の型と、幸運にも一致したようです。「新薬の研究は日々進んでいるので、あきらめずに待ちましょう」と、聞いたことがあるのですが、その通りになりました。
・ (Fさん 女性)私は、2回の胃がんの手術で、全摘していたのですが、その後、今年になってから子宮体がんが分かり、手術を受けました。やっぱり体力がなくて、大変でした。本当は抗がん剤もした方がよかったのですが、体力が低下しないようにと、やっていません。私は食事療法もせず、家族と同じものを、量を減らしていただいています。
・ (Gさん 女性)いずみの会は、2回目です。妹が子宮体がんであることが分かり、今までに4回、抗がん剤治療を受けました。アレルギー反応で高熱が続いたりしましたが、効果があって、ペット検査によると、今は消えています。でもあさって、切除の手術をすることになりました。東京の食養内科で1週間入院して、食事について学んで来ましたが、意外に家と大差ありませんでした。ハイパーサーミアも3回くらい行き、はすみワクチンの自己ワクチンも始まっています。
・ (Hさん 男性)8月の検査で、新たな抗がん剤治療を始めることになりました。投与開始3日目の検査で、先生が大変驚かれて、「こんなに効く人は珍しい。3分の1まで縮小している」とのこと。その時点で副作用はなかったのですが、直後に見事に頭部の皮膚障害が出て、1週間後には、顔の表情が作れないほどひどくなりました。治療は一旦中止し、皮膚科にも通いながら、今また量を減らして続けています。予め調べていた遺伝子の型の調査では、薬は合わないという結果だったのですが、極く稀に効く人がいるそうです。
・ (Iさん 女性)私は30年前に乳がんをしました。当時は、病名の告知は考えられませんでした。抗がん剤もありません。家族の協力、信頼できる先生の精神的なご指導などのおかげだと思っています。子どもたちもそれぞれ独立し、今は老後二人の生活です。かつて支えてもらった私の方が、今は夫を支えています。