神戸いずみの会 公式ブログ

「神戸いずみの会」は、1982年から続く患者会です。

神戸いずみの会について

<例会のご案内>

次回例会は、2019年3月26日(火)、午後1時30分より行います。

定例会...毎月 第四火曜日 午後1時30分~3時 (8月は休み。また 会場や他の都合で、日が変わることがあります。) 

 

 

<場所>

NPO法人 神戸ライフ・ケアー協会 訪問介護事務所(ヘルパーステーション)西部事務所 の地下一階をお借りしています。
(神戸いずみの会の事務局ではありません。お問い合わせは、下記メールでお願いいたします。)
場所はこちら↓です。

goo.glどうぞお間違えの無いようにお越し下さい。

 

<お問い合わせ>

以下からお問い合わせください。(内容がサイト内で公開されることはありません。)

 

docs.google.com

 

<初めての方へ>

いずみの会では、時々講師の先生をお呼びすることもありますが、多くは会員同士の情報交換や、話し合いをしつつ、集った人々が時間を共にしています。肩肘を張らない長年のスタイルは、普段話題にしにくい深刻な問題も、和やかに受け入れてしまう雰囲気があります。もしかしたら、最先端医療の専門的な情報を追い求めておられる方には、少し物足りない会かもしれません。ゆっくりと、心を休めたいと思われる方、ご興味がおありの方は、どうぞ一度お越し下さい。なお、神戸いずみの会は、名古屋にある「NPO法人いずみの会」 とは、全く関係がありません。別組織です。お間違えないように。また、営業や勧誘を目的とされる方のご参加は、固くお断りいたします。

<おしらせ>

長年事務局長をして下さっていた 高出昌洋さんのホームページを作りました。どうぞご覧下さい。

izumiatelier.jimdo.com

<会費など>

事務局...(上記のとは別です)
      郵便番号655-0002
      神戸市垂水区小束山6丁目15-1
     (世話人代表) 高出 様 方
    
年会費...3000円

※ 会員には、毎月例会の少し前に、メールにてご連絡しています。
※ 定例会は主に話し合いにて過ごし、時々、講師を迎えての勉強会なども行っています。

 

<いずみの会の歴史>
 いずみの会は、胃腸科医、外科医である 故 河野博臣先生が、患者の術後のアフターケアのために設立された「胃腸友の会」がその前身となっています。  
 1980年代だった当時、河野先生は外科的治療法に加えて、先駆的に心身医学的治療法の必要性をすでに重視されていました。「胃腸友の会」では、座禅、腹式呼吸法、イメージ療法などにより、段階を追ってリラックスできる状態を作り、一人で抱え込んでいた不安や悩みが、自然に言葉として表現できる場を作ることを目的に、活動していました。

 1982年4月、「胃腸友の会」は、患者自らが運営する自助グループとして再出発することになり、その時、命の泉が湧き出るようにと、「いずみの会」と改称しました。会長はあえておかず、事務局だけを作って世話人を決め、河野先生によるイメージ療法を中心に、月に1回~2回の活動を継続させる中で、徐々に会員数を増やしていきました。

 2003年に惜しくも河野博臣先生は他界され、現在は場所が変わりましたが、月に一度定例会を開いています。近年、がん患者のための自助グループが全国で数多く存在していますが、この「いすみの会」は20年以上前からその必要性を感じ取り、活動を開始して、今に至っているのです。最近の活動は、話し合いというスタイルがほとんどで、イメージ療法などは行っていません。

 

 

2019年1月例会

新年初めの例会は、穏やかな日になりました。毎回大変な体験を武勇伝のごとく明るく語って下さっていたTさんが、年明け早々に突然ご逝去されたという連絡があり、大変悲しいスタートになりました。今回は検査やご体の不調など欠席が多く、集まったのは四名だけでしたが、重い話も笑いを交えて語り合える、大変密度の濃い一時間半となり、いつもとは一味違う満たされた充実感が残りました。

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2018年12月例会

2018年最後、12月4日(火)の例会は、この時期には珍しく暖かな日でした。お庭でなった香り良い柚子をはじめ、みなさんから和菓子や洋菓子が配られて、にぎやかなテーブルになりました。

・(Aさん 女性)...夫を見送ってから一年が経ち、先日自宅でささやかな記念会をしました。不思議なもので、何かが解決したようなすかっとした気持ちになりました。私はおかげさまで元気にしていて、毎日山を眺め、景色は景色として受け入れられるようになったなぁと思いつつ、31文字の歌を作っております。先日、勤めをしている男の子の孫が「休みがとれたから、ハーバーランドへ行こう」と連れて行ってくれました。段差があれば、さっと支えてくれたりして、「そんなにやさしくしてくれるようになったん?」って、涙がでるほどうれしかったです。
・(Bさん 男性)...前回は休みました。当日の朝、スーパーの袋詰めのところで、生あくびがでるからおかしいなぁと思ったら、どたっと倒れてね。一瞬意識が飛んだようですが、頭を打って目が覚めたんです。ペット検査の方は、とてもきれいで肺がんの再発はないと言われました。リンパ腫の再発からも11年経ち、こちらも大丈夫だろうと。で、無罪放免だと言う感じだったけれど、放免されたら困るんで、来年のペット検査予約を入れてもらいました。医者とはもう10年の付き合いで、よくいうことを聞いてくれる面白い医者です。畑の方は、ホウレンソウ、聖護院の大根、かぶら、ソラマメ、キヌサヤ、ジャガイモもちょっと作っています。やっぱり採れたてはおいしいですね!
・(Cさん 女性)10月半ばから、気温が下がって調子が崩れています。無理せず、家でゆっくりしています。一冬どうやって乗り越えていこうかなぁ..と考えています。家にいると、勧誘の電話とかがかかってくるのが、うっとうしいですね。
・(Dさん 女性)バス旅行で、島根県の松江に行ってきました。小泉八雲ゆかりの場所をめぐる旅です。琵琶演奏と語りによる「雪女」を鑑賞したのですが、琵琶と語りの息がぴったりと合っていて、すばらしかったです。また小泉八雲旧居の記念館を見学し、曾孫の小泉凡(こいずみぼん)氏の講演も聴きました。八雲が日本人のセツと結婚し、帰化までして日本人になるほど日本を愛していたことがよく分かりました。八雲はアイルランド出身で、アイルランドも妖精など見えないものが住む土地なのだそうです。松江、すごくいいところでしたよ。
・(Eさん)今かかっている整形の先生がすごくいい人なんです。血液検査の次の日に、わざわざ先生から「血糖値が50以下でしたよ。大丈夫でしたか」と心配して電話を下さるんです。また東京に行くと言ったら、「それなら ぜひ駒形どじょうを食べてきたらいい」と、店がどこにあるかまで詳しく教えて下さるので、しっかり食べてきましたよ。→(Fさん 女性)私もEさんと同じ整形の先生にかかっています。先生、いろいろ話をして下さるのですけれどね。余談が多いんですよ。面白い先生です。
・(Fさん)私は近場であちこち紅葉など見に行きました。生瀬〜武田尾の廃線跡ウォーク、きれいでしたよ。先週は、布引の滝に行きました。若い頃は気付かなかったのですが、けっこう階段があるんですね。夙川・甲陽園の散策にも行きました。よかったですよ。
・(Gさん 女性)主人の一周忌の集まりをしました。主催者としてその準備でずーっと忙しかったんです。主人の小・中学校の同級生が集まり、同窓会みたいで、賑やかでいい感じでした。とにかく人が好き、楽しいことが好き、お酒が好き..という主人が喜ぶようにやりたかったので、無事に終わり、ほっとしています。これをきっかけに、また集まろうということになりました。そしてその仲間たちが、今度は私を日本海カニツアーに誘ってくれたんです。私以外は全員同級生。一番最初に、主人への黙祷をしてくれて、カニも美味しくて、楽しんできました。そんなこんな、いろいろなことがあった日々でした。これをきっかけに、楽しいことはすべてしようと思っています。

2018年10月例会

雨予報の10月23日火曜日でしたが、傘を開かなくてもよい程度で助かりました。今月は6名が集まり、久しぶりに元気なお顔を見せて下さったAさんのお話に共感する声で盛り上がりました。

・(Aさん 女性)お久しぶりです。あれから本当にいろいろありました。がんが100%治ることはないとは思っていたけれど、ここまで強いとは。主治医から「放射線はできません。抗がん剤しかありません。」と言われ、抗がん剤には耐えられないから断るつもりでした。でも改めて主治医の話を聞いているときに突然「生きたい。嫌なことでもしよう。抗がん剤を受けよう。」という気持ちになりました。家族と再度よく考えて決めるように、と言われ、一週間後、抗がん剤治療のため入院するつもりで病院に行くと、先生がいきなり「効くかどうかは分からないけれど、他の医療機関放射線を受けてみますか」とおっしゃって、びっくりしました。ピンポイントで済む治療ですから、思いがけないご提案を喜んで受けました。そもそも、なぜ再々発してしまったのかという疑問は持ったままでしたが...。酷暑の中、日帰りで二十日間通いました。病院の雰囲気がとても静かで落ち着いていて、担当してくれた先生は今まできちんと知らされていなかった病名をはじめ、とても丁寧で分かりやすく病状を説明してくださり、居心地良く治療ができました。そして無事に予定通りすべて終了し、担当の先生からは「影が少し小さくなっていますよ」と言われ、効果があったのだとうれしくなりました。が、久し振りに主治医の元に戻ると、「腫瘍マーカーは下がっていない」と言われ、混乱しました。私の主治医は、詳しい説明を求めても、いつもちゃんとした返事がないんです。検査の結果も、「悪かった」としかいってくれません。主治医と話をした後は必ず不安が大きくなります。とにかく病気の自覚症状がないから、悪いと言われても実感できなくて戸惑うんです。でもまぁ、その主治医が無理とあきらめていた放射線の可能性を探して紹介して下さったのですから、ありがたいことなのですが。そういうわけで、放射線の治療中はよかったのですが、今また不安定になっています。生かされていることに感謝しながら、でも生きるのって大変だな...とも思います。毎日、感謝しかないと、心がけています。
・(Bさん 女性)私は、5年で3回も手術したでしょう。私もまったく自覚症状がないのに、「また手術をします」と言われたときには、「先生、取り忘れたんちゃう?」って思いましたよ。悲しかったけれど、よく耐えたなぁと。人間って、あかんとおもっても、生きるんだなって思います。
・(Cさん 女性)先週バスツアーで、京都の美山荘にいってきました。お料理は評判の通り、普通の料亭にはない独特なものばかりでした。油はそれほど使わず、肉料理もないのに、精進料理ほど地味ではなく、摘み草や川魚などを食材にしたとても珍しい料理ばかりで美味しかったです。お天気もよかったです。ただ、道中が長かったのは、ちょっと大変でしたね。山の中をひたすらバスで走っていましたから。道の都合で遠回りしたこともあったようですが。バスの中での飲み放題、食べ放題、行き届いたサービスは嬉しかったですけれど。ということで、貴重な体験をしました。
・(Cさん 女性)主人の一周忌に仲間に集まってもらい、飲み会を計画しています。あまり多くなりすぎないように人数を絞って、夫が好きだったわいわいとした雰囲気で楽しめるようにしたいんです。声をかけた人は、みなさん来てくれるようで。その時に、夫が描いていた「大人のぬり絵」が、あまりに上手なので、これをカラーコピーしてみなさんに渡そうかと思っています。私の宝物です。→(Bさん)思い出話がたくさんでると思いますよ。→(Eさん 女性)みんなの心の中に生きていたら、その人は生きているっていいますものね。それだけの人が集まって下さるということは、ご主人は生きているってことでしょう。楽しんでくださいね。→(Cさん)一周忌を前に、よくまわりから「どう? 元気になった? 落ち着いた?」って聞かれるですが、どうも答えに困ってしまうんです。まあ元気になったとは思うけれど、悲しみは薄れることはありません。はじめは、とにかく何をしていても涙が途切れず、それが本当に苦しくて、そこから逃れるために、ずいぶん努力したんです。前向きに生きていなくちゃいけないんだ...と。生きて行くって大変なことなのだと、つくづく思いました。決して「いい経験をした」とは言えないけれど、何かに気づくことができたのは事実です。そういう状況なので、気楽に「元気になった。落ち着いたよ」と答えるのには抵抗があるんです。これからはこの経験や体験を生かして、何かできればいいかな...と思って動いています。

2018年9月例会

 まだ暑さの残る25日火曜日は、日差しが少なくて過ごしやすい日になりました。
 まずは、大切な会員であるAさんより、退会願いがあったことが報告されました。一同、意外なお申し出に驚きながらも、決心された理由が、ご自身の体調管理の難しさに加え、ご主人の介護の大変さだと聞き、静かに納得して受け入れました。そのAさんの川柳が新聞に掲載されており、切り抜きが披露されました。 
「確執も愛もさておき介護の日
 Aさんらしい、ユーモアのある一句です。Aさん、どうぞお元気で充実した日々をお過ごしください。

・(Bさん 女性)いつものバスツアーで、上高地犬山市に行ってきました。上高地では、紅葉はまだ早いものの、穂高には雪が見られました。犬山では鵜飼い見物をしました。昼間だったので鵜の動きがよく見えて、一生懸命に仕事をする鵜たちのけなげさが可愛かったです。また京都の貴船の川床と、山県有朋の別荘だった無鄰菴(むりんあん)へも行きました。雨模様の日でしたが、無鄰菴の良さであるしっとりした中の風情を味わえて満足しました。
・(Cさん 女性)お久しぶりです。猛暑でしたが体調は崩さず元気にしていました。夫を見送った後、数か月はただ忙しかったけれど、最近は命的なことなど、しみじみと考えることがあります。さっきもバスの中でこんなことを思いました。瞬間の「瞬」という字は、部首が「目偏」でしょう。「日偏」ではないですよね。夫が息を引き取る瞬間、動いていた喉仏が止まる瞬間は、本当に瞬きの一瞬でした。「日」ではなく、「目」の単位の出来事でした。この世とあの世を隔てたその瞬間。だから、「瞬」なのだ、と。そんなことを思い、時々センチメンタルになるのですが、写真の夫はにっこりしているでしょう。じめじめしないで、自分の中で、「消化」ならぬ「昇華」をしなくてはと思います。先日は、こんな夢を見ました。ハガキが届き、きれいな字で夫の名前が書かれており、続けて「承りました」と。「へえ、きれいな字やね」っていいながら目が覚めたら私一人。やっと天国に受け入れられたのかと思いました。そんな毎日です。今日は楽しみにしていたので来られてよかったです。
・(Dさん 女性)娘は予定より早く先月末に、無事出産しました。今週末、お宮参りなので、また行ってきます。生まれた日は、地震や台風が続いていた頃だったのですが、そんな中で大潮の時間に生まれ、なんだかすごいなって思いました。娘の希望で、お姑さんがずーっと面倒をみてくださっています。嫁と姑がうまくいっているのだから、よいことだと理解して、私は甘えています。夫は大喜び、赤ちゃんにデレデレです!
・(Eさん 男性)7月にいろいろな検査をうけました。心不全状態は続いていますが、がんの方は落ち着いています。心臓は、肺がんの治療をするときに悪くなりました。自分では覚えていないのですが、かなり危なかったらしく、先生に「死ぬかと思った」と言われました。三途の川の手前までいっていたと思います。最近は、単車でこけるようになったんです。停車して地面に足をついたときに、力がなくてこけるんです。免許返納も考えていて、そうなったら、どこか駅前の便利なところに転居しようかなと思います。野菜作りは、今年も小さなスイカが2個できました。割ったらきれいな赤で、おいしかった!でも他は、キュウリもトマトもだめでしたね。サニーレタスは、ちょこちょこ出てくるので、摘んで毎日食べてますよ。それが楽しみですわ。
・(Fさん 女性)8月末に、病気をきっかけに知り合った友人を亡くしました。お互いに病気の大変さを知っているので、元気な友だちとの別れとはまた違う感覚です。短期間に、夫を含めて4人も亡くし、つくづく「がんは強力な病気」だと思います。こりごり..という気持ちです。そんな中ですが、ここで教えていただいたバスツアーに私も申し込みました。十月、京都へ行きます。楽しみにしています。おかげさまで少し元気になったかな..と感じています。今月から、ジムと美容とエステの施設に通いはじめました。闘病の頃の不規則な生活で乱れた体内を整えるためです。さっそく増えていた体脂肪、内臓脂肪が減り、ここ一カ月弱で体重が2キロ減りました。スポーツすると忘れることもできるし、運動はいいなと思っています。今、いろんなこと、好きなことをやってみたいんです。少しでも元気で明るく楽しく過ごしたいです。半年はとにかく涙が止まらずたいへんでしたけれど、いろいろな人に出会ううちに、変わってきたことを自覚しています。→(みなさん)本当に、最初との時とぜんぜんお顔が違いますね。/そうそう。お話の仕方もはきはきとされて!
・(Gさん 女性)風邪ひいてしまって、昨日もおとついも熱が出ていてね。まだ風邪声です。咳はおさまりましたが、鼻がきかないと、匂いも味も分からなくて。7月8月の暑さで体力が落ちてしまったのかも。涼しくなって少し元気になりました。これからは旅行でも..と思っています。

2018年7月例会

7月初めの豪雨の後、危険を感じるほどの酷暑が続き、24日火曜日も朝からどんどん気温が上昇。そんな中でしたが、6名が集い涼しいお部屋で語り合いました。

・(Aさん 女性)ツアーで、平城京 喜光寺に行きました。小さなお寺ですが、蓮が有名なんです。一生懸命の説明を聞きながら、壺咲きの250株の八重の蓮の花を観賞しました。見事でした。暑かったですけれどね。
・(Bさん)京都の祇園祭に行ってきました。いつものバスツアー、料亭での昼食つき、日帰り旅行です。現地は詳しい人が分かりやすく説明して下さいました。鉾にも登り、円山応挙(まるやまおうきょ)の絵や、左甚五郎作といわれる彫刻、ベルギーの絨毯なども鑑賞。まさに鉾美術館です。そして、街中を少し歩くだけで、歴史を感じるものがあちこちに。やっぱり京都は違いますね!ちょっとマニアックなツアーですが、リピーターが多く、私のお気に入りです。
・(Cさん 女性)私も京都が好きで主人と毎月のように行きました。京都って、遊びに観光にお食事にお買いものに...。すべてそろっていて、何度行ってもいいんです。
・(Dさん 女性)この暑さ、夫がお腹の大きい娘を心配して、「暑いから外にでるな」と言います。出産の時には、私が東京へ出張します。彼のお母さんも来て下さるようです。→(Aさん)楽しみですね。私も娘が出産するとき、東京へ行きましたよ。旦那さんのお母さんと交代で。東京の方が病院もしっかりしていますから、いいですよ。
・(Cさん)Dさんに教えていただいたクラゲ、垂水区役所の水槽を見て来ましたよ。理想の「自由に泳ぐ涼しげなクラゲ」ではなく、区役所のはぎゅうぎゅうで..ちょっと残念でしたが...。→(Dさん)そうですよね。確かに海でとってきてそのまんまって感じですもんね(笑)
・(Cさん)暑い毎日、私の涼しくなるアイテムの一つはこれ、男物の扇子です。扇子が好きでコレクションしているのですが、男物って大きくてとっても涼しくていいですよ。それからもう一つ。小さな保冷庫を買い、鏡台の近くにおいて、ボディーローションはじめ、化粧品をすべて入れています。朝一番にひんやりして、とてもいいです!私の暑さ対策です。
・(Cさん)昨年の夏は、主人の願いでハワイに行っていました。終末期だったので、すべてが大変でした。空港の車いすの手配からはじまり、保険の手続き、診断書の手配、言葉が通じる医者の下調べ...中でも痛み止めのモルヒネの湿布の届け出では、ずいぶん手間がかかりました。長時間の満員飛行機も大変でしたし、ドクターにも「よく行ったなぁ」と驚かれたほどです。夫も私も、とにかく実行するタイプなので、「すべてのタイミングが合う今しかない!」と、強い意志で強行しました。幸いあちらでは夫の体調が良く、とてもうれしそうで、亡くなる前に「またハワイにいきたい」と言ってくれました。このことも含めて主人の望むことはすべてやりました。だから後悔はないんです。
・(Eさん 女性)行きたくてもあきらめる人が多いと思うのですが、やりとげた体験談は貴重ですね。→(Fさん 女性)普通ではとてもできないことをしてあげたのだから。これからはぜひ、ご自分のために自由にして下さいね。
・(Cさん)でも一周忌とか。一年は喪に服すとかいいますよね。世間というより、夫に対して悪いような気がして・・・。→(Fさん)そんなこと、気にしなくてよいと思います。どんどん自己投資をして下さい。→(Bさん)逆に一年たったからって区切れるものでもないですよ。私は、夫に「自由していいよ」と言ってもらっていると思っています。忘れられないし、乗り越えられないし、悲しみを抱えたまま生きていくのだと思います。私も通ってきた道だから、なんとなくお気持ちがわかります。一緒じゃないかもしれないけれど。→(Cさん)そうですね。自分には先がまだあるわけですから。自分のことも考えていきたいなと確かに思います。まだ今は、楽しんだり、泣いたりの繰り返しですけれど。
・(Dさん 女性)最初にCさんがここに来られたとき、そばで見ていて、すごくつらかったんです。今日のお話を聞いて、楽になりました。実は私の母のことで、長い間ひっかかっていました。手術をしたことで早く亡くなったのではないか..と悔いる思いがあって。あれから時間が経ち、最近になってようやく、「私の残り少ない人生、楽しく生きなきゃ。幸せになってもいいんだ」って、思えてきました。

2018年6月例会

26日(火)は、前日から蒸し暑くなり、そろそろ熱中症が気になる気候になりました。でも室内はクーラーで快適。くちなしの爽やかな香りと、かわいいヒルガオの姿を楽しみながら語り合いました


・(Aさん 女性)秋に出産予定の娘のところへいってきました。お腹が目立つようになり、手を当てたら胎動が分かるんです。すごく元気な赤ちゃんみたいです。最近はまっていることがいくつかあります。1つは、Dさんが以前、ウォーキングの最中に、携帯でお花の写真を撮っておられたでしょう。今、あれが楽しくて。よく写真を撮ってます。もう一つ。3月からウクレレをはじめたんです。私にぴったりの、良い楽器に巡り合いました。小ぶりで持ち運びが楽だし、高価な楽器じゃないし、歌も歌えるし。好きな曲を持って行けば、演奏しやすいコードを考えて下さるので、楽しくて。
・(Bさん 女性)今月はじめ、小さなコンサートをしました。Cさんが遠いところから来て下さってうれしかったです。自宅でするのは初めてでしたが、初対面の人たちもわきあいあいと。楽しかったです。
・(Cさん 女性)Bさんのコンサートに行きました。バイオリンをあんなに間近で聴くのは初めてでしたし、実際に弓の持ち方を指導してもらい、体験したのも初めてでした。ちょっとだけ音が出たのがうれしかったです。Bさんのふわっとした雰囲気が伝わってくるのですね。参加させていただいてよかったです。あれからちょっと元気になったんです。本来の自分に少しずつ戻していきたいです。→(Bさん) 焦らずに、少しずつね!→(Dさん 男性)本当に最初の時と、ぜんぜん表情が違いますわ!
・(Eさん 女性)お気に入りのツアー旅行にいってきました。立山から黒部の二泊三日。大自然に圧倒されました。立山アルペンルートは、ケーブル、トロリーバスなどを乗り継ぎ、丁寧に説明してもらったらすごく面白くて。弥陀ヶ原がすばらしくて、水芭蕉もきれいで。雷鳥も遠くに見えました。ダムも実際に見てみると山に溶け込んでいて、すばらしい眺めなんです。→(Cさん)Eさん、西国三十三か所も行かれたのですよね。興味があります→(Eさん)人が集まらないとキャンセルになったりすることもあるのですけれどね。長年かけてまわっている人もおられますよ。一人参加の人も多いです。一度に3,4箇所まわるのですが、その都度、唱えたりお線香したり..と、忙しいんです。でも、一人ですべてまわることを思えば、ちゃんと連れて行ってくれるから楽ですよね。さっき写真の話がでていましたけれど。なんとなくわかります。一人だし写真なんて別にいらない...と思っていたけれど。やっぱり思い出すために、写真があるといいですよね。→(Dさん)投稿していた「NHK神戸のフォトコレ」なくなったんですよ。残念です。最近、歩くのがしんどくて、同じところばっかりだから、写真も代わり映えしないんですが、この間は、きれいな花ショウブを見ました。家庭菜園ですが、今年は土が悪かったのか、どうも収穫が悪いんです。胡瓜も花は良く咲くけれど。雄花ばっかり。トマトも軸が細くて数が少ない。とうもろこしもあかん。残念です。
・(Fさん 女性)今月、胃がんのあとを胃カメラで検査しました。異常はなかったのですが、もともとの縫合の仕方がおかしかったのか、ものがたまりやすくて、今でもうまく食べ物が通らないと、本当にすごい痛みなんです。消化器は、毎日のことでしょう。先生も、「気の毒やなあ」っておっしゃるんですよ。でも再発はなくて、元気にしています。もうそんなに検査なんかしなくても..とも思うのですが、定期的に診てもらうことで、ひどくなる前に分かるのはやっぱりいいことかな、と。

<くらげのこと..お花のこと..>
・(Cさん)先月、くらげのお話をしましたが、その後、尋ねてみたら、本物ではないと言われて、びっくりしました。イミテーションをリースしているんですって。施設なんかで置くものみたいです。もっと小さいものもあるようですけれど。→(Fさん 女性)メダカ、かわいいですよ。でも、生き物は、死んでしまうし、留守もできないし。人に預けるのも気を遣いますしね。→(Aさん)この近くの垂水の区役所に、くらげ いますよ。くらげの水槽があるんです。本物ですよ。→(Cさん)見に行ってみます!
・(Cさん)皆さんに相談なのですけれど。お仏壇のお花って、どうされていますか? 最近暑くなってきて、すぐダメになってしまうんです。造花も試してみましたが、やっぱり生花がよいなぁと。日中留守にしていると、観葉植物も枯れてしまうほど暑くなるんです。→(Eさん)わかります。花が枯れるのっていやですよね。→(Fさん)お花を少しずつ買ったどうですか?2本とかね。一輪挿しのようにね。こまめに変えたら?→(Cさん)なるほど! 花瓶が大きいんですよ。小さいのにしたらいいですね。でも、仏壇用っていうのは、いやなんです。→(Fさん)そんなの、コップでも。コーナンでも。100均でもありますよ!→(Cさん)なるほど! さっそく100均、行ってみます。

2018年5月例会

22日火曜日は、とてもさわやかで風が心地よい、いいお天気になりました。新しく来られた女性をお迎えして、自己紹介をしながら交流を深めました。

・(Aさん 女性) ここでは最高齢です。48歳のときに乳がんをしました。早く見つかったのがよかったのか、幸い元気になり、大きな病気なくきました。半年ほど前に夫を私の手元から見送りました。でも落ち込むこともなく、今は豊かな自然に囲まれたワンルームマンションで一人暮らしです。このいずみの会は、私の主治医だった河野博臣先生が患者さんたちと一緒に立ち上げた、患者会の先駆けです。医者中心ではなく、患者同士で語り合い、生きていく会なんです。心に傷を負い、しんどいところを通ってきた私ですが、そんな会の一員として通っています。
・(Bさん 男性) 黒一点です。ここへ来て、先月ちょうどまる5年です。1997年に悪性リンパ腫のステージ4、末期で5年生存が20パーセントと言われました。2004年と2006年に脳梗塞。2007年にリンパ腫が再発。2008年に肺がんと心不全。いろいろありました。それから丸十年。生活に困ることは一切なく、元気にしています。今は野菜作りですね。きゅうり。スイカ。メロン。そらまめ。じゃがいも。とうもろこし。病気のことは忘れて楽しんでます。家内は多肉植物に凝ってますけど、私は実がある方がいいですね!
・(Cさん 女性) 私はここへ来てまだ日が浅いです。ここは私のような遺族だけでなく、いろんなタイプの人がいらっしゃるから、少しにぎわう感じ、ちょっとあたたかい雰囲気があるので、何度か来ています。近況としては、主人と同じがんで友だちになった人が先月永眠されるという悲しい出来事がありました。主人は抗がん剤で延命はしたものの、亡くなったという現実を前に苦しみ辛さは続いたままです。が、少しでも元気になれるよう、なるべく外出を心がけています。ペットでも飼ったらと言われるけれど、ぜんぜんだめ。でも今ちょっと興味深いのが、くらげなんです。いつも行くところの水槽でくらげが7ひきほど上下左右ななめに。ふわふわふわふわ、本当に自由に動くんですよ。お互い、からまったりもしながら、束縛のない自由な世界が、ちょっといいなぁ...クラゲなら飼ってみようかなって思えるのですが、難しいのでしょうね。
・(Dさん 女性) 2007年に子宮頸がんの手術して、5年後にまさかの再発。それからいい結果がなくて、毎月、はらはらドキドキです。先日の検診で、また数値が上っていて、またか...と思う一方で、力が湧いてくるような思いもあって。日課の体操でリフレッシュしています。もうすぐ遠方の娘たちが子どもを連れて帰ってくるので、また大変ですが、私自身は意外と楽しいことは楽しみながら、感謝を持って一日一日大切に過ごしています。
・(Eさん 女性) 2008年に胃がんで手術をして、一年後にまた胃がんができて全部摘出。その後、2011に子宮がんで手術しました。最初から10年、まさかここまで生きると思っていませんでしたが、誕生日に孫から「おばあちゃんおめでとう 元気で」と言われて、主人ともどもよくここまで生きたなぁと、不思議な気がします。
・(Fさん 女性) 主人が30年以上前にがんになりまして、その時から、発足したこの会の事務局をしていました。もうすぐ亡くなって9年になります。その後は私がここへ来るようになり、皆さんのお話からたくさんのことを教えていただいています。来月、夫のアトリエで行っていたホームコンサートを、初めて自宅でする予定です。
・(Gさん 女性) 震災の後に大腸がんが見つかり、切除手術の後で、悪性リンパ腫になって治療したものの、何回か再発して。2010年にいいお薬と巡り会い、官界と言われて今は元気にしています。闘病中は、不安な思いを抱えてここへ出席し、安心して元気になってまた日常に戻る..を繰り返していました。今は行動範囲が狭くはなりましたが、家で楽しく、納得した生活をしようと工夫しながら暮らしています。
・(Hさん 女性) 4年前に子宮体がんの3Bで、摘出手術と抗がん剤治療をしました。その後は再発、異常はありませんが、今は逆流性食道炎に苦労しながら、精神コントロールする毎日です。娘が秋に出産予定で、来月会いに行くのが楽しみです。
・(Iさん 女性 新規) 初めて来ました。5年前に肺腺がんになり、2年後くらいに再発し、手術はせず、抗がん剤治療をしました。昨年からイレッサを投与しています。今は副作用で手や頭にできる湿疹がかゆくて困ります。昨日が検査で、消えてしまっているとのこと。「治ったということですか?」と聴くと、「顕微鏡で見ればある。なくなることはないし、官界もない。今の薬は効かなくなるけれど、次の手があるから大丈夫。80歳まで生きられます。」と主治医の先生。また、「仕事はやめたらだめ。動いておくように」とも言われます。→(Jさん 女性)うちの夫もイレッサを使っていました。イレッサは皮膚に作用する薬ですから、やっぱり皮膚トラブルはいろいろありましたよ。でも、今は副作用の対処がずーっと楽になっていますよね。この薬が効く人かどうかの判断も事前にできるようになりましたし。次々と薬がでてきていて、期待できますね。

2018年4月例会

24日火曜日は珍しく、しとしと雨の一日。Aさんがお庭から持ってきてくださったウツギとオガタマを真ん中に、おいしいスイーツをいただきながら語り合いました。


・(Aさん女性) 毎年アトリエで開いていたコンサートですが、今年は我が家ですることになりました。よろしかったら、ぜひいらしてください。
・(Bさん 女性)3月の検診では異常なしでした。自分の気持ちを強く持っていたら大丈夫だろう、と思えるようになりました。弱いところを鍛えることを心がけたストレッチ、ラジオ体操からはじまって、クールダウンまで、三段階に分かれていて、だいたい1時間です。家で出来るのが楽ですね。時々しんどいですけれど、自分で体のどこを鍛えているのか、ということもわかってきたので、気持ちいいですよ。スタジオだったら恥ずかしいけれど、一人だから大丈夫。毎日続けています。
・(Cさん 女性)月に一度は個人のお医者さんに診ていただき、三ヶ月ごとに血液検査をしています。特に問題なく、ここで報告することはありません。それがうれしいことだと思います。私はラジオ体操には行っていて、20分くらいは歩いていますが、しゃべってばかりですね!この春は本当に桜がきれいでした。
・(Dさん 女性)最近いつも思うのですが。今までは、お薬だのマッサージだの、してもらうことばかり考えていましたけれど。やっぱり自分の体は自分で管理せなあかんねんなぁ..って。それで、してもらうことはやめて、自分ですることを一生懸命しています。ストレッチは立ってやるとしんどいから、私は寝てしているんですよ。それから、わざわざではなく、何かの時にちょっとスクワットしたりとか、気を付けています。それでなんとなく耳鳴りも静かになったようです。睡眠薬も減りました。どこまで続くかわからないけれど、自分を大事に、自分の体は自分で守ろうと思います。遠くへは出かけなくても、素敵な小皿などをそろえたり、いろいろなものをちょこちょこ買って、家で楽しんだりもしています。この年になってそんな楽しみができてよかったなって思っています。
・(Eさん 女性)私も今までは人に頼っていたのですが、病気が長くなってくると、自分で治さないとあかんねんなぁって。Dさんが言葉にしてくれたのを聞いて、たった今、自分で自覚できました。ありがとう。ところで秋に孫が生まれるのですが、夫の変貌ぶりにびっくりです。今からジジババ向け孫育ての本を読んで大喜びです。我が子の時もこのくらい喜んでほしかったわって思うくらい!私も早く ババばかになろうと思います。
・(Fさん 女性)あれから近所の遺族会に行ってみました。そこは医師もおられ、医者の立場からの冷静な意見もきけてよかったです。でもやはり夫を失った痛みは癒されません。悲しさ、苦しさがいったいいつまで続くのか...と思うと辛くてなりません。春になったので何かしようとは思っても、なかなか行けません。心療内科に行き、カウンセリングを受けていますが、根本的解決にはならないと思っています。その人の気持ちは、その人にしか絶対に解らないのだと、改めて何度も何度も思いました。私の夫は、夫婦以上に友だちというか、戦友みたいな感覚でしょうか。男気が強くて、意思が強くて、勉強熱心で、それでいて柔軟性もあり、信頼できる人...とにかく「いいヤツ」なんです。迷った時にはいつも答えてくれる存在。人として好きだったんです。二人で作り上げてきたのに、片割れを亡くしてしまったような感覚です。
・(Gさん 女性)ご主人が「迷った時に応えてくれる存在」とのこと。存命中は「やってくれへん」って思っていたことも多かったのですが、私一人になってみて、実はずいぶん夫にいろいろやってもらっていたんだなぁ..ということに気付いたんです。だから最初は、「これからは自分がやらなくちゃいけないんだ。どうしよう..」って戸惑いました。「一人を受け入れるしかない」と思えるようになるまで、2年くらいかかったと思います。
・(Hさん 男性)Fさん、ご自分のことをよくよくわかってはると思います。あとは自然にまかせるしかないでしょう。
・(Aさん)人にはいろんな苦しみがあります。生きている限りはみんな苦しみがあると思うんです。普通に生きているように見える人も、みんなです。きっと悲しみの種類が違うだけなんです。種類の違う苦しみでも、お互いに語り合うことで、苦しんでいるのが自分だけじゃないと思えたら楽になれるのかもしれませんね。

2018年3月例会

 27日(火)はとても明るくいいお天気に。桜がちょうど満開となり、集まったみなさん表情も自然とほころびます。旅のお土産の和菓子に洋菓子...豪華な持ち寄りスイーツを前に語り合いました。

・(Aさん 女性)夫が心臓のステント手術を受けました。無事に終わり、だんだんと愚痴も少なくなって、楽になったみたいです。受けてよかったです。がんを患った私の気持ちが分かると言ってくれました。春になったし、私自身も元気になってきました。→(Eさん 女性)Aさん、なんかすっきりされましたね、すかっとされましたよ。→(Aさん)そうですか!わかりますか?!
・(Bさん 男性)笹山の日帰り旅行に妻といってきました。朝から三食付、お土産付ですよ。満席でした。昼は但馬牛。おいしかった!満開の梅がきれいでした。
・(Cさん 女性)何度も手術をした私ですが、今、検査は一年に一度だけです。そうはいっても、いろいろ不快なことはありますが。でもまぁ、たくさん大変なことを乗り越えてきたし、なんとかなるかなって。毎日楽しいことを見つけて、泣いても同じだったら笑っている方がよいから。自分ってそういう切り替えが上手だなぁと思いつつ、今は再発もなく健康に過ごしています。

・(Dさん 女性)先月が初めてでした。ここへ来る前に、遺族会を調べていくつか電話してみたのですがつながらないことも多く、一番対応が早かった他の遺族会にも行きました。そこは雰囲気がちょっと重くて、時間も長く、しかも遠方だったのですごく疲れました。それに比べると、ここは柔らかい雰囲気で和んだので、単純な思いでまた来てみました。→(Bさん)私も、他の会にも行ってますよ。それぞれ特徴がありますから。ここは、自分の意見が言えるし、聞いてもらえるところがいいですね。→(Eさん 女性)私は発足した1982年からここへ長年来ています。当時は河野博臣先生が瞑想の指導をして下さっていて、それがすごくよかったんです。がん細胞とリンパ球のイメージ。それを受けて、「また一カ月生きられる..」と思っていました。
・(Cさん)ここでは、いろんな話ができるでしょう。私が来た頃はもっと現役闘病中の人が多かったです。私もここで充電しました。充電が切れかけてくる頃になると、次の例会が待ち遠しかったです。
・(Dさん)夫が入院していたホスピスにも遺族会はあるのですが、辛くてとても行けません。遺族会は少しでも明るい環境であってほしいです。→(Eさん)そうですね。分かります。私も夫が入院していた病院の前を通るだけで涙が出ますから。→(Fさん 女性)そうそう。私も自分が辛い治療をしていた病院の前を通ると思いがよみがえりますね。

・(Gさん 女性)先月Dさんが語って下さった中で、ご主人がお元気で強い人だったというお話が印象的でした。→(Dさん)主人は強い人でした。だから闘病中も普段通り仕事を続け、早退も遅刻もせず、抗がん剤治療の入院の時でさえ最低限しか休まなかったのです。定年退職してから、二人でゆっくり・・・とはいかず、誤嚥性肺炎による急な発熱や嘔吐で受診したり、短期間の入院をしたり。そんな闘病を通して強く思っていたのは、抗がん剤をとにかく続ける、ということでした。若い人ほど進行が早いため、抗がん剤を投与しなければ必ず病気が進んでしまうんです。けれども続けることは本当に大変で...。厳しい状態になっても、いつも必ずまた元気になる人でした。だからきっとまた元気になるのかなぁ..と思っていたのです。でも、誤嚥性肺炎はだめでした。食べられなくなり、抵抗力や免疫力が落ちてしまったのです。
・(Eさん)主人を在宅で看取りましたが、最期の頃は、せん妄状態で幻が見えると言っていました。理解できないことでも、できるだけ誠実に応対しました。時計が食べ物に見えたときには、時計を手に触れるようにしたり。歩こうとしたときには、靴を履かせて支え、立てないことを納得させたり。→(Gさん)そういう対応は、家族だから丁寧にできるのですね。
・(Eさん)自分自身は最後はホスピスがいいなぁと思います。→(Dさん)主人はホスピスでした。最期の時にも、付き添っていました。

2018年2月例会

 この1カ月の季節の変化にはびっくりしました。27日(火)はとても暖かく明るい日になりました。初めての方も1名お迎えし、お久しぶりのお顔もあって...10名でにぎやかな集いになりました。

・(Aさん 女性) ほぼ一年ぶりです。出席したい思いがようやくかないました。昨年10月に、夫を見送りました。夏から入院して寝たきりの状態だったのですが、退院して私の下から旅立ちたいと本人が強く希望したので、迎える決心をしたのです。退院時には、胃ろうや痰の吸引方法もすべて教わり、在宅サービスの人たちが何度もチーム会議を開き、準備してくれました。退院後は夜中もずーっと付き添い、最期の時は二人だけでした。夫の好きな歌を歌いながら、手を握り、胸をさすっている時、今だ、とわかりました。不思議に悲しみはなく、とても冷静に落ち着いて、よかった、と思えたのです。希望がかない、満たされた思いでした。もちろん、一日として夫のことを思わない日はないですよ。鉛筆一本見ても、あの人が削っていた鉛筆。その先を私は削れないんです。でもどうぞ、ご安心下さい。私は元気です。これからまたお願いします。

・(Bさん 女性)1月末から、ついに築34年の我が家の外壁工事をしました。担当の建築士さんが女性で、話しやすくてよかったです。工事中は家にこもりっきりでしたが、でも出ないとお金をつかいませんね!無事完成し、輝く鮮やかな外観になりました。元気になって介護もがんばります!
・(Cさん 男性)先月、白内障の手術でお休みしました。去年の5月くらいから見えにくくなって、12月中頃には、信号が見えてなかったんです。入院して、片目ずつ手術してもらいました。痛くはないけど目の手術ってコワいね。でも本当にきれいに見えるようになり、やってよかった!と思います。逆に、よく今まで辛抱していたと思います。
・(Dさん 女性)「このままだと、病気は一つずつ増えていきます、体幹を整えること、筋肉をつけることが大切です」と言われ、今、一生懸命だいたい毎日1時間くらいがんばって身体を鍛えていますよ。調子はいいですね。そして、自分が楽しいと思うことだけをすることにしました。そう心がけたら、いいことが増え、嫌なことがなくなったようです。病気が増えて分かったことが、今、プラスになっているかなぁという感じです。

・(Eさん 女性 新規)昨年の11月に夫を亡くしました。定期検査はしていたのです。でも分かった時には、リンパ節転移があり、手術はもちろん、放射線もできないと。抗がん剤だけ。とにかく大変でした。抗がん剤はよく効き、びっくりするほど小さくなったのですが、だんだん効果がなくなり、薬を変えても、最初ほどには効かなくなりました。体力が落ちたところで誤嚥性肺炎となり、命を落としました。新薬の認可に期待をかけていたのですが、体力的に無理でした。志半ばで無念でなりません。夫はスポーツが好きで、体格もよく、丈夫で元気。何事にも精一杯頑張る人なので、普通なら2,3クールというところ、抗がん剤も10クールまで入れました。常にすばらしい気力でした。治療については、素人には分からないことが多すぎて。今思えば、あの時手術できる医者がいなかったのかもしれないと思います。でも他の病院へ行こうかと主治医に相談したら、賛成も反対もせず、「紹介状はいつでも書きますよ」と。抗がん剤で腫瘍が小さくなったとき、手術できたかもしれないのに。とにかく、医者の言うとおりに動いたらこういう結果になったんです。→(Fさん 女性)私なんて3回もがんになって毎回切っているのに、生かされているんです。たった一度で命を落とすひとがいるのに。運命というのか...。
・(Gさん 女性) 私は夫を見送って9年になります。今、過ぎ去った年月で助けられていることがあります。あの時にああしておけばよかったのかも、という思いはずーっとありましたが、素人がお医者さんに命を預けたのだから、それに従わざるを得なかったと今は思います。本人は退院後復帰するつもりだったし、本当に残念だったと思うのです。私も後悔したり、後ろ向きでしたが、今は主人がどこかで自分を見ていると思うんですね。だから主人が悲しまないように、一日一日を大事に、主人の分まで生きて行かなければ、そう思わなくては、と。Eさん、今すぐには無理でも、ご主人の分まで、楽しんで充実した日を送られたら、ご主人もきっと喜んで安心されると思います。いつも心の中に、きっとずーっと生きて下さっていますから。
・(Hさん 女性)私の主人は、亡くなったのは65歳でした。発症したのが54歳です。途中からは仕事を辞めてボランティアなど好きなことをやり、やりたいことができてありがとうって言って逝きました。もっとしたいことはあったかもしれないけれど。うちも、治療中に免疫力おちて、最期は肺炎でした。治療については、かなり悩みましたが、本人が選んだし、できることはすべてしたので、よかったと思っています。最初は夫がいないことばかりが気になって、何を見ても、ぜーんぶ悲しみになってしまったのですが。2年くらいしたら、形はないけれど、身近にいることを感じるようになりました。大変なこと、お気持ちがとてもよく分かります。

2018年1月例会

新年初めての例会23日(火)は、日本列島が厳しい寒波に覆われ、前日のニュースは東京近辺の大雪報道ばかり。そんな中、関西地方は晴天に恵まれたものの、特別厳しい冷え込みとなり、さすがに集まった参加者は5名だけでした。でもあたたかなお部屋で、香りのよい蝋梅を鑑賞しながら、美味しいケーキとお茶を前にゆっくりと語り合いました。
・(Aさん 女性)...12月例会で、今まで存じ上げなかった高出昌洋さんのことを知り、額をプレゼントしていただき、すごく幸せな気持ちになりました。主人もネットで高出昌洋さんのホームページを拝見し、これはすごいと一緒に喜んでくれて。額をうちの玄関に飾ってみたら、ぴったり合っていて素敵なんです。思いがけず癒されて、いいクリスマスプレゼントをいただいたなぁと喜んでいます。ありがとうございました。
・(Bさん 女性)年末のコーラスは、無事におわりました。しんどいなかでやりとげたので、私にとっては100点満点です。逆流性胃腸炎がひどくなっていて、投薬も食事療法もしていますが、ちょっと悪い物を食べたら、その夜は胃酸が上ってきてしまって辛いです。それに加えて、冬場はどうしてもうつっぽくなるし。どうも私、ストレスをひっぱりこむところがあって。前向きになれなくて。
・(Aさん) 逆流性胃腸炎はつらいですよね。眠れなくてね。私も自分がなってみて、他の人の大変さが少しわかってよかったなと思います。逆流性胃腸炎は、運動がいいみたいですよ。鍛えるというと抵抗がありますが、やってみると気持ちいいです。私は体調がすぐれず年末年始は辛く、検査も続き、いやなこともあったけれど、そのおかげで分かったこともあり、今はよかったと思っています。一番の発見は、自分に合った体の鍛え方が分かったことです。今まで、外に出て感動しながら歩くことが健康に良く、自らが癒されるはずだと信じていましたが、それだけではだめだと実感しました。骨がないお腹は、筋肉を鍛えることが大切だそうで、苦手だった筋トレを地道に行うことで、体幹が整い、調子がよくなっています。家でできるトレーニングを教えてもらったので、ネット動画も役立てながら、毎日気軽にできるんです。運動はもちろんしんどいですが、負荷をかけることも必要なのだと思います。私のことを総合的に診て、こういうことも教えて下さる先生と出会えたのは、本当に幸運でした。偶然ではなく、前々から機会はあったのに、なかなか気持ちが向かなくて。でも「こんなんしてたら、病気はなんぼでも増える」ってズバリと言われたときに、「そうなんだ!」と心に響きました。大切なのは、タイミングと出会いだと思います。また、この会で自分の自然で素直な思いを聞いてもらえることも、余計な思いを引きずらなくて、私にとって良いことだと思っています。
・(Cさん 女性)私は病気したことがないので、いつもみなさんのお話を、すべて我が身に起こると思ってお聞きしているのですけれど。年末に、精密検査をしなくてはいけないと言われて。検査と聞いただけで落ち込んでしまいました。検査は年明けまでもちこしで、やっと終わったところです。結果は問題なくてよかったのですが。大きな病院での説明というのをはじめて受けてみて、何をどう聞き、質問したらよいのか分からなくて、「皆さんがおっしゃっているのは、こういうことなんだ」って分かりました。ただただ不安になるだけなんですね。→(Aさん)そうでしょう! それに、最近ようやく分かったのですが、以前は、検査すれば全身をちゃんと全部診てくれているのだと思っていたのですが、実は専門では、そこしか診てくれないんです。特に大きな病院はね。「他へ行って下さい」って言われてしまうんですよ。なんかおかしいですよね。
・(Dさん 女性)お正月は京都に行ってきました。温泉に宿泊して、東寺、八坂神社、嵐山の天龍寺、などをまわるツアーです。コースが決まっているからとあきらめていましたが、行きたかった天竜寺のお庭とか、その近くの紅葉と苔で有名な宝厳院(ほうごんいん)にも行くことができたのが、とってもうれしくて。優雅なお正月を楽しんできました。私は、「一人」というのがなかなか受け入れられなかったのですが、食べたいものを食べて、したいことをして、自由に行動しよう!と、ちょっと自分を変えたら、ちゃんと出会いたいものに出会えるようになりました。病気はマイナスだと思いがちだけれど、やっぱり気付きを得て、生き方とか人生とか考えるようになりました。いいこともありますよね。→(Cさん)そうそう、マイナスをいかにプラスにするか..ということですよね。

2017年12月例会

今年最後の例会は、5日に行いました。いずみの会の事務局メンバーで、臨床心理士の城谷ひとみさんが、「癌と創造性」というタイトルで発表して下さいました。いずみの会発足時から長年いずみの会の事務局をして下さった高出昌洋さん(2009年12月ご逝去)について、臨床心理士の視点から研究されたものです。元々は専門論文ですが、今回は高出昌洋さんの追悼という意味も込めて、高出さんの作品も味わいながら、特別に語って下さいました。
 また初めて来られた、Aさん(女性)もお迎えしました。Aさんは、今年亡くされたお父様のことで、何度かいずみの会へご相談など下さっていました。まずはAさんを囲んでのお互いの自己紹介からスタートしました。


病と創造性  ― 故 高出昌洋先生を偲んで――
高出昌洋先生との出会い
 大学院で学んでいる時に、お電話でお願いしたら、すぐに「いいよ」と言っていただき、この会に来るようになりました。すごくダンディな人だなぁと思いました。高等学校の社会科教師をされていた高出昌洋先生は、39歳で胃がんの手術をされ、その後の療養中に初めて木版画に出会われました。

病と創造性とは
 エレンベルガ―という人の言葉、「クレイティブイルネス」があります。これは「病を乗り越える過程で、芸術や発明、発見が起こることがある。危機的状況を乗り越えるときに、創造的なことが行われる」という意味ですが、まさに病気をきっかけに、新しく芸術家としての豊かな人生を歩まれました。かよ子さんのお言葉「病気になっていなかったら、多くの人にも出会っていないし、病気は決してマイナスばかりではないですね」にもあるように、死を意識し、デットエンドの方から見つめつつ生きることにより、充実した生を歩まれたのではないでしょうか。

多様な作品から
 朝日新聞で一年間連載された河野博臣先生のエッセイ「追憶のカルテ」の挿絵より選びました。先生が好んで描かれた「葉がない木」については、やはり私と同じく高出先生から多くを学んだ夫(内科医)が、医学的視点から「腫瘍ができた胆管の病巣に重なる部分があり、無意識の部分と芸術作品の反映かもしれない」と言っています。


作品「デイリリィ」
 かよ子様が最後の個展に出展された作品「デイリリィ」を持ってきて下さいました。ご病気により体調が厳しい時に、こんなにも生命力にあふれる作品を作られたことに驚きます。ご本人のコメントは、「これまで花全体に目を向けてきたが、今回は顕微鏡で拡大したイメージで制作した。無駄を省くことで、花の命をよりくっきりと表現した」とあります。ご入院中に私が訪問した時、「そんなに大事なものは、たくさんないよね」と語られたのですが、無駄なものも多い日々の中で、すべてそぎ落とし、強く生命力を映し出した作品ではないかと思います。かよ子様によると、作品に深い濃淡をつけるために、8種類の板を使って13回も刷り重ねてあり、特別根気と体力が必要だったそうです。この作品を通して、身体は衰えても、花の内側から描き出すことにより溢れでるような生命、命がクローズアップされていると感じました。

問いの意味
 病室からの帰り際に、「あなたのコメントは?」と問われたのに、返すことができませんでした。今考えると、「内側から描いた魂が、あなたにどう見えているのか?」と尋ねておられたのかもしれません。終わりを意識しつつ、今を生きるということを主体的に選び、生き切られた高出先生。「そんなに大事なことはたくさんないよね」という言葉は、今を生きる私たちにも大きな意味があると思います。残して下さった作品をこうやって反芻して味わうことにより、先生はずーっと生きておられると思います。

発表を聞き終えて.... 高出昌洋さんを知る人も知らない人も、高出昌洋さんの生き方と自分を重ねたり、作品を味わい過去を思い出して語り合ったりしながら、共に印象深い時間を過ごすことができました。城谷ひとみさん、ありがとうございました。


近況報告・・・少しお話をしました。
・(Bさん 女性)しばらくお休みしている間、いろいろありすぎて。でも一つずつこなしていかなくてはと思っています。精神的にショックを受けたのは、主治医の先生に「調子が悪いんです」と伝えたら、「Bさん うつじゃない?」と言われたことです。「え、私が?」と言い返すのが精いっぱいで、「ちがいます」と言い切れなくて。先生にとってはいつもデータだけ。「しんどい」という言葉をとらえてくれません。なんとなくもやもやしていますが、今を大事に、自分らしく生きていられたらいいかなと。そういう毎日です。
・(Cさん 女性)それはショックだろうと思います。私は精神科にかかっていますが、自分から「私はウツかなと思う」と言ったのでダメージはなかったのですが。先生からそんな風におっしゃるなんて、ショックですよね。

2017年10月例会

 24日(火)は、あたたかな心地良い日になりました。今回初めて、テレビ番組の録画を見ながらの語り合いを計画していましたが、残念ながらうまく投影できず、Dさんに番組の内容を口頭で説明してもらい、語り合いました。

NHKスーパープレミアム「医師の闘病から読み解く がんを生きる新常識」
(2017年9月23日(土) 午後8時00分 放送)


▲無理と言われながらも治療の道を探り、300万円する重粒子線治療をはじめ、次々の再発に対処する女性医師。我が子にとっての自分の存在価値が支えに。▲セカンドオピニオンはどうするか?▲サプリメント自由診療とは?▲がんになっても仕事を続けるか?家計の問題は? 看護士兼ファイナンシャルプランナーが登場。▲がんになった医師が、心の相談できる場所を作り上げてから亡くなる。患者さんの心のケアだけでなく、家族のケアも大切だと。▲子宮頸がんの女性医師。先生の対応、男性の無理解に傷つくが、SNSを通じた同じ病気の人との交わりで救われた。▲乳がんになった女性医師。同じ経験をした看護士と共にピアサポーターの患者会結成▲泌尿器科垣添忠生医師の妻を看取った経験談▲がん経験医からのメッセージから。「今日を精一杯生きる。いつも全力明日はない」「ピンチはチャンス」「がんは人生の終わりではない」など。

番組に関連して意見交換
・(Aさん女性)夫が39歳で発病したとき、本人への告知はなくて、私だけが知っていたんです。夫は自分が知ったときに、逆に私が知らないと思っていたみたいで、お互い言えなくてね。なかなか本音では話せなかったかな。
・(Bさん男性)私も最初知らなくて。嫁さんは知っていたみたいで、後になって通院の時に医者にがんだったと聞いてびっくりして、家に帰って嫁さんに言ったら、泣かれてね。それまで言えなかったんやね。
・(Cさん 女性)夫のことで、人前でわーっと泣くようなことはしません。泣くときは、一人になったときとかね。
・(Dさん)私は泣いたわ。泣きじゃくったわ。一回目のとき。泣いたらすかっとして。がんばろ!って思ってね。一週間も経たないうちだったから、強いなって思われたかも。
・(Eさん)私は泣きませんでした。奥さん強いねって言われたけれど。もういいわっていう気持ち。もちろん、笑ってはいないけれど、主人も娘も、しょうがないやんってね。情けないと思うことはあるけれど。泣くことはなかったです。
・(Dさん)病気になって、みんなと別れるかもしれないっていうことが、悲しくて。でもその時にね。同室の人が4人、みんながんでね、すごく慰めてくれてね。「そんなん すぐに死なへんよ」とかね。4人部屋っていいですよ。本当に力づけてもらいました。
・(Eさん)手術を3回もしていますから。病室では、みんな同じ境遇同士、雑談してましたよ。男の人はカーテンを閉めてしまうけれど。女の人はカーテン全開でね。
・(Fさん 女性)私は4人部屋だけれど。新しい病棟で、個室風にしてあって、話しができないような作りになっていたんです。一人でゆっくりしたい人にはいいでしょうけれど。抗がん剤は、通院だったし。あまり話ができなかったことは、つらかったです。
・(Dさん)私も古いスタイルの方が、温かみがあったと思います。みなさん分かっているから、しんどくなってだまっていたら、放っておいてくれるの。しゃべりたかったらしゃべればいいという配慮があってね。新しくなってきれいにはなったけれど、話ができなくて。なんか辛かった。→(Eさん)そうそう、私なんて、怒られてましたよ。しゃべりすぎって。
・(Bさん 男性)ぼくは、最初 6人部屋でした。でも夜中に看護婦が走ってきて、誰かドタバタと連れ出されて行って、次の日に聞いたら亡くなった、と。結局その部屋では、ぼく以外みんな亡くなったって聞きました。そんな部屋だったから、話すような状態じゃなかったですね。でも昔は病院でもタバコも吸い放題だったし、自動販売機すらあったんですよ。ものすごい煙でした。4人くらいタバコすうひとがいて。連れだって吸いにいってました。今は外でもだめですね。もう10年吸ってないけれど。やっぱり吸いたい。酒はいらんけれど。最後にまた吸いたいね。→(みなさん)はいはい、そのときは、吸いなはれ!



近況報告しました
・(Fさん)結婚した娘が関東へ行ってしまいました。彼の転勤です。引越の日は、すごい台風だったのですが。「雨降って地固まる」で、うまくいくといいなってね。いつ行けるかなと楽しみにしています。
・(Bさん)最近の家庭菜園ですが、今は、水菜と、二十日大根をちょっと植えて。そらまめとジャガイモの芽が出ています。広さは一坪くらい。後はプランターです。今年の夏はこだまスイカが美味しかった。あとはスダチ。やっぱり花より、実ができるものがいいですね。